医良人コラム
18/2/17

第13回 長野県の健康普及活動の課題について考えてみました 医療者編

 

前回(地域編)は、長野県の抱える健康普及活動に関連する問題点に絡めて、私たちの活動の理由について5つの理由を上げさせていただきました。

 

前回提示をした課題
① 一般の方は、まだまだ健康の基礎知識が少ない。
② 健康情報が溢れすぎていて、基礎知識が少ないと取捨選択することが難しい。
③ マスコミの情報発信力が大きい。
④ 医療者がで出あえる方の数はごくわずか、病気はなってしまってからは負担が大きい。
⑤ 健康情報は『啓発』ばかりではなくて、『蓄積』も大切。

前回のまとめ
① ご自身のために長野県の医療者と一緒に健康の基礎知識を増やしましょう。
② 健康情報が溢れすぎているので、長野県の医療者が信頼できる情報源を作りました。
③ テレビや雑誌、お友達情報ばかりではなく、医療者の情報に目を向けてみましょう。
④ 病気になる前から健康に気をつけましょう。
⑤ いざという時には信州メディビトネットが運営する当ホームページ『信州健康の森 まんまる◎広場』をご参照してみてください。ご家族お友達にも教えてあげましょう。

今回は私たち医療者側にも、健康普及活動に際して、対策が必要な課題がいくつかあると考えていますので、長野県の健康度がすこしでも向上するようにと願いながら、みなさまとごいっしょに少し掘り下げて考えて見たいと思います。


『気づいている人は、気づいていない人に伝える責任がある』

この言葉にはふたつの意味があります。

分かりやすいひとつめの意味は、私たち医療者は、体や健康に関わる専門家として多くの知識を持っています。
それを、なるべく多くの一般の方々に伝えていきましょう

もうひとつの意味は、熱心に日々の診療に取り組んでいる医療者の中にも、実は『健康対策』と言う言葉の側面に気づいていらっしゃらない方が案外多くいらっしゃいます。

今回このコラムをお読みいただいて、少しでも多くの医療者の方の気づきにつながってていただければと願っています。

 

まず、医療者から一般の方々に『知らせる、伝える』ことの大切さについて、いくつか例をお示しさせていただきます。

長野県は長寿県で有名ですが、男女とも平均寿命は長野県が日本で一番だと記憶されていらっしゃる方も多いと思います。

ちょうど昨年末(2017年12月)に最新の2015年(平成27年)の『都道府県別の平均寿命』のデータが厚生労働省より公表されました。

実は、この結果が大きな評判になっています。

まずは、結果をご覧ください。

 男性

 女性

都道府県

平均寿命

都道府県

平均寿命

全国

80.77

全国

87.01

第1位

滋賀

81.78

長野

87.67

第2位

長野

81.75

岡山

87.67

なんと、1990年から25年間の長期にわたって守ってきました、男性の長寿日本一位の座を滋賀県に奪取されてしまいました!

 

長野県の平均寿命も前回の調査よりもも伸びいるのですが、滋賀県の伸びが上回り、0.03歳差で長野県の男性の平均寿命は第二位になってしまいました。

 

この滋賀県が第一位に躍進をした理由が専門家の方たちによってさまざま考えられています。

成人喫煙率が日本一低いことや、琵琶湖の周りをウォーキングする人が多いというのはもっともらしい理由ですが、その他にも発酵食品としての『鮒ずし』がよいだとか、『むべ』という伝説の不老長寿の果物あがあるなど、さまざまな推測があるようです。
しかし、最大の理由は『滋賀県が健康啓発活動に取り組んだ』という、当たり前のことのようです。

 

知らない人に正しい情報を伝える

知らなかった人が健康に気をつける

病気の早期発見や、予防ができる

健康寿命、平均寿命が延びる


何と単純な図式でしょう。

伝えるだけで、効果が上がってみなさんの寿命が延びるのです。

 

そして、前回(地域編)の理由②でご説明をしたように、『答えはすでに出ている』のですから、

私たち医療者のやるべきことのひとつとしては、『健康啓発活動、住民教育をしっかりと行う』ということがとても重要と言えます。

 

もうひとつ例えをお示しさせていただきます。

 

                  国立がん研究センター ホームページより引用

これは、全がん患者さんの年代別の発症する人数を表しています。

 

お歳が上がるとがんになりやすいということと、男性は女性の二倍がんになってしまう
ということがお分かりいただけると思います。

ここで、私たち医療者がお伝えをしなくてはならないことは、
お歳が上がるとがんにかかりやすいので、高齢者はがん検診を受けましょう。

は、もちろん正しいのですが、それだけではなくて、

男性が女性よりもがんになりやすいのは、若いころからの不摂生の積み重ねが原因です。
喫煙、多量飲酒、暴飲暴食、ストレス等々さまざまな不摂生が、高齢になって、男女の発がん率の差となって現れているのです。

私たち医療者は、若いうちから不摂生をすこしでも少なくすることが、がんの予防になるということをお伝えをしていく必要があります

(『がん』に関しては、詳しくは、健康七箇条の第四条『予防できるものは予防する』の中で『がん』についての一般の方が知っておいていただく必要があることを詳しくご説明をさせていただく予定です。)

話を元に戻しますと、もともと知らなかった人が知識や情報を得て、知ることで、全員が全員ではなくとも、今後は気をつけようと行動をしてくださる方もいると思ます。

第一回目のコラムでも取り上げた例を覚えていただいているでしょうか?

お母さんが、赤ちゃんに健康や栄養に良いと思ってはちみつを与えていました。
結果、はちみつの中にいるボツリヌス菌という菌によって命をおとしてしまいました。

このように、知らないこと、知識がないことはとても恐ろしいことです。
繰り返しますが、『気づいている人、知っている人は、気づいていない人、知らない人達に伝える責任があります』

次に、この文の意味のふたつ目としてあげました、『医療者の方の中にも気づいていらっしゃらない方が多くおられる問題点』があると申し上げました理由をご説明させていただきます。

元来医療者の方はまじめな方が多いので、日々日常診療で、目の前の患者様がたの診療に熱心に取り組んでおられます。

しかし、『目の前の患者さんに対応しているだけでは不十分な側面があり、どこかの誰かのためになる行動も同じくらい大切』だということに気づいていただきたいのです。

ポピュレーションアプローチ

 

『ポピュレーションアプローチ』と言う言葉をお聞きになったことがございますでしょうか?

ポピュレーションとは人口や住民と言う意味の英単語です。
直訳すると、『住民全体への取り組み』と言う意味になりますでしょうか。
分かりやすく言い換えますと『地域啓発』『住民教育』という言葉になると思います。

 

これに対比する言葉は『ハイリスクアプローチ』です。
高危険群にしぼって対策に取り組むと言い換えられると思います。

高危険群とは、病院に通院をしてきている人だけを対象に健康、医療活動に取り組むことを指しています。

高血圧に対する降圧剤、高脂血症に対するコレステロール低下剤、糖尿病患者さんに対する血糖降下剤などが、これに当たります。

これらを放置をしておくと脳梗塞心筋梗塞認知症慢性腎臓病など、命の危険や寝たきりにつながる重篤となる危険が高いグループという意味でハイリスク群と呼ぶのです。

これら血圧や血糖値を良好にコントロールすることで、将来の脳梗塞心筋梗塞などのより重篤となる疾患の発症を防ぐことを、医学用語では『一次予防』と呼びます。

一次予防の治療対象疾患は生活習慣病と呼ばれる高血圧糖尿病高脂血症高尿酸血症、喫煙、運動不足、肥満などです。

治療を受けられる方は、おもに病院に通院をしてくださっている方々が対象となります。診察室での治療を思い浮かべるとイメージにあうと思います。
まさに、私たち医療者の方がとりくんでいるふだんの診療、医療活動そのものです。

しかし、意外に思われるかもしれませんが、地域や社会全体で考えた際に『ハイリスクアプローチ』だけは、実は脳梗塞心筋梗塞予防効果はそれほど大きくはなく、むしろ小さいのです。

一次予防で、脳梗塞心筋梗塞を起こす危険度が高いグループを集中的にケアをしているのに、社会的視点で見るとなぜそれほど効果が高くないのでしょうか?

それは、3つの大きなグループに目を向けていないからなのです。

高血圧を例にして考えて見ましょう。

① 境界域血圧からも脳卒中は起こる
② 高血圧領域で、未受診、未治療の方がいる
③ 高血圧領域で、治療中の方の中にもコントロール不良な方もいる

① 境界域血圧からも脳卒中は起こる

高血圧の数値的な基準までには至らない境界域血圧グループからも脳梗塞心筋梗塞は起こってしまうという事実です。

                  健康日本21(第二次:2013)総論 より引用

現在の高血圧の基準は、高血圧学会の作成した高血圧ガイドライン(2014)では140/90mmHg以上となっています。

一方、正常血圧は129/84mmHg未満と記載されています。

すなわち、ここでは境界域血圧(正常高値血圧)は130~139/85~89mmHgの間ということになります。

 

さて、それではいっしょに図をよく見てみましょう。
グラフの中で血圧が高い右側に向かうと、赤線で示された脳卒中の発症『率』が高くなっていることが分かります。
やはり、血圧が高いと脳卒中は起こりやすくなるのですね。

この高血圧グループに入る方は、かかりつけの先生の指導を守りながらしっかりと降圧剤を飲むことが大切だと言えます。

しかし、黒線の脳卒中発症『数』はいかがでしょうか?
右側に行くほど下がっている(少なくなっている)ことがお分かりいただけると思います。

これはどういうことかとご説明をいたします。
もちろん、先ほどお示しをしましたとおり、血圧の高い患者様がかかりつけの先生と協力をして、減塩、減体重などの生活習慣の改善にとりくんだり、内服治療を開始することで、血圧をしっかりと正常域の129/84mmHg以下に下げることができたことも大きく影響をしているといえるでしょう。

もうひとつ大きな理由があります。
それは、緑線が説明してくれています。

緑線はどくらいの血圧値の人が多いかの分布を示しています。
正常域から境界域あたりの人の数が一番高く(人数が多く)なっています。
そして、グラフの右側に行くほど低く(血圧の高い人の絶対数は少なく)なっています。

そうです。
加齢とともに血圧が少しずつ高くなってくる人は多いのですが、そうは言っても、血圧がふだんから170mmHgも180mmHgもある人はそんなには多くはいないのです。

血圧が高くなるほど危険度(脳卒中の発症『率』)は上がるのですが、絶対数が少なくなるため、脳卒中の発症『数』としては、それほど多い数にはならないのです。

むしろ、血圧境界域の方は、脳卒中の発症『率』もある程度高めであって、なおかつ絶対数も多いため、黒線の脳卒中発症『数』としては一番高い山となっているということがお分かりいただけると思います。

重要なポイントはこの『境界域の方たちは病院や診療所での治療の対象となっていない』ということです。

 

② 高血圧領域でも、未受診、未治療の方がたくさんいる

血圧が高いにもかかわらず、健診などを受けることもないためご自身の血圧をご存じない方や、ご自分の血圧が高めであることを知ってはいるけれども、受診を避けていらっしゃる方など、医療機関には受診をしていない方のグループは相当数いると推測されます。

言い換えますと、診療所の三軒隣りに、血圧200mmHgの方がいらっしゃっても、診療所に受診をしてくれない限り、ご指導や治療をすることができないのです。

もっと簡単に言いますと、医療者は病院や診察室で待っているだけでは、せっかくご自身の磨いた医療情報や医療技術を、診察室まで会い来てくれた地域のごく一部の人にしか提供できていないと言うことになります。

なんとかその血圧200mmHgの方に、知識や情報を届けてあげたくなりませんでしょうか?

③ 高血圧領域で、治療中の方の中にもコントロール不良な方もいる

これはもちろん医療者側にも責任があります。

せっかく投薬治療を受けていただいているのに、じゅうぶんな降圧効果が提供できていない方も多くいらっしゃるのが現実です。

さきほど、お示しいたしました高血圧ガイドライン中(P31)にも
『高血圧治療の対象は 140/90mmHg以上のすべての高血圧患者であり、降圧目標は一般的な診察室血圧は140/90mmHg未満とする。
家庭血圧の目標値は、収縮期、拡張期とも診察室血圧より 5mmHgずつ低い値を目安とする。』
と記載されています。

しかし、現実の臨床の現場では、患者様がお薬を飲みたくない、増やしたくないと言う理由や、医療者の個々の経験によるさじ加減などのさまざまな理由で、血圧が140mmHg以上でも、積極的な治療や追加治療が行われていない現状があります。

同じ高血圧ガイドラインに次のような記載があります(P31)。
『過去の臨床試験によると、収縮期血圧 10mmHg、拡張期血圧 5mmHgの低下により心血管病リスクは脳卒中で約 40%、冠動脈疾患(心筋梗塞や狭心症)で約 20%それぞれ減少することが明らかにされている。
本邦では,欧米とは異なり,脳卒中罹患率が心筋梗塞罹患率よりも男性で3-6倍、女性では4-12倍高いことから降圧薬治療の心血管イベント抑制効果は海外の報告よりさらに高いと考えられる。』

と言う事実がありますので、医療者は、患者様が薬を増やしたくないとおっしゃったさいには、上記のような情報提供をする必要があると言えます。

最初に戻りますが、一般の方は、知らないだけで、知っていれば「そんなに危険であれば薬を増やしてください」という方もいらっしゃると思います。

(海外の製薬メーカーが血圧の基準を厳しくしているので基準自体がどうなのかという疑念や、医学の知識は日進月歩であり数年したら基準が変わることもある、内服に伴う副作用はどうなのかというような問題は、ここでは議論の本題と外れてしまいますので触れておりません)

また、知らないと言う点では、脳梗塞になったらどのような事態が起こるかも一般の方は知りません。

私たち医療者は日々、新しく脳梗塞を起こした方や進行がんとなられた方々を病院で見ていますので、その方のその後のリハビリや手術、抗がん剤にともなう身体的精神的苦痛、支えるご家族の負担、お仕事や、経済面、社会的損失など、まさに大変さを実感して知っているからこそ、目の前の血圧が高いあなたの将来を心配して助言をしているです。

一般の方で、脳梗塞と言う病気をよく知らない人が未来の自分が脳梗塞でどのように困るかを想像することできるでしょうか?

病気や老い、死などの目の前のことではない、いつか将来の自分を適切に想像することは難しいことです。

脅かしたり、過度に怖がらせる必要はありませんが、私たち医療者は、『知っている者』として、信頼をして受診してくださった方の将来をよい方向に導いていく『責任』があります。

以上の3つの理由からもお分かりいただけたと思いますが、『ハイリスクアプローチ』だけでは、将来脳卒中を発症する危険のある方のごく一部の方の予防しかできていないということがお分かりをいただけたと思います。

長くなりましたので、また次回へのつづきとさせていただきます。

 

健康ってなんだろう? 信州メディビトネット健康七箇条 

健康七箇条…の前の確認作業 前編

健康七箇条…の前の確認作業 中編

健康七箇条…の前の確認作業 後編

健康ってなんだろう? 信州メディビトネット健康七箇条 第一条①

健康ってなんだろう? 信州メディビトネット健康七箇条 第一条②

健康ってなんだろう? 信州メディビトネット健康七箇条 第一条③

長野県の健康普及活動の課題について考えてみました 地域編 

長野県の健康普及活動の課題について考えてみました 医療者編 (今回)

長野県の健康普及活動の課題について考えてみました 行政編