前々回(地域編)は、長野県の抱える健康普及活動に関連する5つの問題点に絡めて、私たちの活動の理由をご説明させていただきました。
前回(医療者編)は『ハイリスクアプローチ』と『ポピュレーションアプローチ』について解説をさせていただきました。
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医療者の中でも、目の前のご病気の方だけではなく、すぐそばにも多くの病気の予備群の方々がいることに気づいていない方もいらっしゃいます。
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せっかく知識を持っている医療者だからこそできる行動として、「健康知識をお持ちでない一般の方々に正しい知識をなるべく多くの方に届くように伝えていきましょう」と呼びかけをさせていただきました。
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今回はまず、『ポピュレーションアプローチ』について、あらためて健康日本21(二次、2015)総論より原文を抜粋をしてみます。
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高リスクアプローチと集団アプローチ
健康障害を起こす危険因子を持つ集団のうち、より高い危険度を有する者に対して、その危険を削減することによって疾病を予防する方法を高リスクアプローチ(High risk approach)と呼び、集団全体で危険因子を下げる方法を集団アプローチ(Population approach)と呼ぶ。
例えば、高血圧の場合、臨床的高血圧のグループを見つけ出し、強力な治療、例えば降圧剤で血圧を下げることによって、そのグループの合併症の頻度は低下させることができる。しかし、将来、脳卒中などの重大な合併症に罹る実際の人数は、現在高血圧域の人より境界域の人数の方が圧倒的に多い。
従って全体の血圧を下げた方が防げる合併症の数は大きい。
しかし、一般に集団アプローチは社会全体への働きかけを必要とし、効果を定量化しにくいことが多い。
高リスクアプローチと集団アプローチを適切に組み合わせて、対策を進めることが必要である。
高リスクアプローチは方法論も明確で対象も明確にしやすいが、影響の量は限られている。一方、集団全体の予防効果からすれば、集団アプローチが必要である。
しかし、一般に集団アプローチは社会全体への働きかけを必要とし、効果を定量化しにくいことが多い。
高リスクアプローチと集団アプローチを適切に組み合わせて、対策を進めることが必要である。
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最後の一文にありますように、ここでは『ハイリスクアプローチ』を否定しているわけではけっしてありません。
『ポピュレーションアプローチ』と『ハイリスクアプローチ』の両者が同時に同じように大切だと説明をしています。
このことは、長野県の医療に関わる方には、ぜひ前向きにしっかりと認識をしていただきたいと願っています。
現状の医療体制は、極端に『ハイリスクアプローチ』一辺倒であり、片手落ちの状態であることは医療関係のみなさまはおのずとご自覚があることと思います。
現代医療は専門分化が進んでいますので、「○○という病気になってしまったので、○○科の専門医の先生を頼って受診をした」という分かりやすい方程式が成り立っています。
もちろん、その専門医の先生の技術でしかその方を治療してさし上げられないケースもたくさんありますが、それは、ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチの分布の関係と同じように、重篤な病気の方の絶対数は全体の中ではそれほど多くはありませんし、現実的には専門医の方々に受診できる患者様の絶対数も限られています。
救急車で担ぎこまれた重篤な緊急疾患の方や進行がんの方を助けるのは分かりやすい図式ですよね。
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しかし、言い換えますと大病にたどり着いてしまった一人の方の病気を、ご本人、ご家族とともに大勢の医療者で支えているわけです。
冷静に考えますと、後手に回ってしまっている構図であることはみなさんよくご理解できるかと思います。
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これは、たとえば老朽化した家があったとしまして、専門家から見ると柱の弱いところや基礎が危ない所も、すぐに診断できて、いずれ壊れてしまいそうだとわかっているのに、定期メンテナンスや早めのリフォームをおすすめせずに本格的に倒壊してしまってから大工事で対応しているようですね。
地域住民100人に健康知識啓発をして、そのうち30人が予防活動に取り組んでいただいて、そのうちやがて大病にたどり着くはずであった5人を未病の段階で病気を防ぐことができたら、それだけ病気に苦しみ患者様やご家族を救い、医療資源の疲弊を防ぎ、社会労働力の損失を防ぎ、破綻に向かう医療費を抑えることが出来る可能性が高まることは明白です。
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こういった説明は、医療者であれば理屈は分かっていただける方が多いと思うのですが、医療ではなくて『行政の問題』と捉えていたり、『自分ひとりが行動しても変わらない』という心理が働くのでしょう。
確かにそのとおりで、問題が大きすぎて、自分一人では対応ができないと感じてしまうことが、『ポピュレーションアプローチ』の欠点だと言えます。
それに加えて自分の目の前で成果が見えないというのも弱い点です。
『実行が難しい、効果の実感もない、実績を認められもしないない、感謝もされない、収益にもならない』
あまりメリットがありませんよね (笑)
前回(医療者編)からお話をしていますように、そもそも予防指導や、健康啓発の大切さに気づいていない医療者も多いという問題もありますが、予防や健康啓発に実際的に感じられるメリットが少ない点が、医療者が熱心に取り組まないひとつの大きな原因といえるでしょう。
しかし、だからこそ誰かが取り組まないといけないのではないでしょうか?
そしてやはりそれは医療者のはたすべき役割なのではないでしょうか?
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『急性心筋梗塞をカテーテル治療で救った』『難しいがんの手術を成功した』
とてもわかりやすいですし、医療者として達成感もあり、感謝もされます。
人間、今目の前にある問題の方がわかりやすいですものね。
もちろん、目の前にあるご自分のできることをひとつずつこなすという考え方はもちろん大切なのですが、しかし、ここではあらためて「医療者にはやはり全体を考える大きな視点も大切」だと考えてみていただきたいと願っています。
行動をしてみますと、目の前の方でなくてもどこかの誰かのためになって、大病を予防できていたら医療者として良い仕事をしているとご自分で満足できるものだと思います。
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普段のお仕事以外にも『医療者だからこそできる』ことがもっとたくさんあることにお気づきいただけることを期待をしています。
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『大極』と『未来』を見て、『木を見て森を見ず』にならないようにしたいですね。
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例えば、先日白馬方面にスキーに行ってきました。
ご存知のように、1980年代のスキーブームに建てられた古いペンションや民宿が多く、町全体としてはさびれた印象があります。スキー人口も減って、スキー場経営も大変だと聞きます。
そんな中で、白馬村は雪質の良さから海外からのスキー客へのアピールに成功して、多くの外国人スキーの方が見られます。
白馬村全体で外国人への観光対策をアピールして、他の地方のスキー場より成功しているといえるでしょう。
しかし、これでよかったよかったと手放しで言ってもよいのでしょうか?
英語ができない老夫婦の民宿では、外国人観光客を取り込めずにやがて廃業をするかもしれません。今よりもさらに町全体の活気が失われると、外国人への魅力も損なわれてしまうかもしれません。
他の長野県内のスキー場の問題も解決されていません。じっさいに、白馬村の近隣のスキー場でも閉鎖しているところがありました。
東北や北海道のスキー場などで、将来強力なライバルが現れると外国人はそちらに流れてしまうかもしれません。
白馬村でも、日本人のスキー客が減って、スノーボード客も昔ほど多いとはいえません。
20年前のようにリフトに乗る際に行列に並ぶこともなく、外国人が増えたといっても、全体では往時の半分にも届かない程度ではないでしょうか?
ということは、『ひとつのスキー場が集客に成功した』
だけでは、そのスキー場も将来のスキー業界全体の地盤沈下にやがては巻き込まれてしまうことが予測できます。
そもそも少ないスキー人口のパイを奪い合って、スキー場や、地域ごとの勝ち組負け組をつくってしまっているだけという見方もできます。
日本全体でスキー場に来てもらえる仕掛けづくりや、スノーボードに次ぐ新しいウィンタースポーツの創出、スキー客以外でも冬にスキーに来てくれる魅力づくりなど、大きな視点や未来を予測して全体を底上げする方向の行動をしかけていかないと、目の前ばかりを見て、「うちのペンションでは英語対策のホームページを作った」や、「私たちのスキー場までの直行バスの運営を開始した」というだけでは、それぞれの個別的には適切な対応ではあるのですが、全体としてそう遠くなく立ち行かなくなる時期が来ることでしょう。
中国にスキーブームを仕掛けたり、アラブの国々にスキーバカンスというものを広めたり、世界全体にスキー文化や、ブームを仕掛けるという視点を持つ人と、それを行動にうつすことができる力が必要だと言えます。
もっと言えば、より良い雪質でスキーを楽しんでもらってファンを増やしたり、スキーシーズンを少しでも長くするためには温暖化対策にも取り組む必要もあるかもしれません。
これらは、ひとつのスキー場だけの問題ではなくて、行政や関係業界全体でも力を合わせて取り組む問題ですね。
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もうひとつ例を挙げてみましょう。
日本と中国の経済成長についても同様のことが言えると思います。
高度成長期を経て、先に人件費が上がってしまった日本が、価格競争が必要だからと人件費を節減するために、各個々の会社で中国進出をしてしまいました。一時的には良かったのでしょうが、ルールがなかったためにやがて技術は流出して、国内の人材や技術は空洞化してしまい日本は様々な分野で世界での競争力を失いました。
今や中国の経済の恩恵を受けるという立場に逆転してしまったことはご存知の通りです。
これは各企業が目先の利益にこだわったために、個々での視点での活動としては間違いではなかったのですが、20年後に全体で大きな損失を得てしまったという点で、『大極』と『未来』を考えないといけないという良い例ではないでしょうか?
そうなる前の途中の過程で、将来の問題を予測したり、指摘する声はあったと思いますが、それを右へ倣えで聞き入れることがなかったことや、行政や、団体間でのルール作りがなかったからの結果という面もあることでしょう。
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医療のポピュレーションアプローチに話を戻しますと、ぜひ保健機関や行政機関、研究機関などの公的な諸団体と、医療者がもっと力を合わせて、それぞれの立場から感じる現場の問題点を確認して、それぞれの得意分野を活かしてあきらめずによりよい長野県の健康環境を少しずつ築くことができればと願っています。
観念的で現実的でない意見であるとのご指摘もあるかもしれませんが、『為さぬは人の為さぬなりけり』と申します。
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前回(医療者編)お示しをいたしました平成27年度の平均余命の表をもう一度再掲載させていただきます。
男性 |
女性 |
|||
都道府県 |
平均寿命 |
都道府県 |
平均寿命 |
|
全国 |
80.77 |
全国 |
87.01 |
|
第1位 |
滋賀 |
81.78 |
長野 |
87.675 |
第2位 |
長野 |
81.75 |
岡山 |
87.673 |
『都道府県別の平均余命』 2015年(平成27年) 厚生労働省
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前回男性の長寿日本一位を滋賀県に奪取されてしまったとお伝えをいたしましたが、
じつは女性の一位の座も危ういのです。
なんとその差は0.002歳の差となっています!
これを1年を日にちに直して計算してみますと
0.002 × 365 = 0.73
なんとなんと0.73日しか差がありません!
そうです、一日単位以下ですので、これは時間差の勝負です。
0.73 × 24 = 17.52
・・・
17時間31分12秒しか差がないのですね。
これはいつ抜かれてもおかしくない状況といえるでしょう。
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これを読んでいただいて、やはり「なにかしら為さねばならない」と、危機感や現状からの行動を起こしたいとお考えくださる長野県の医療健康分野に関わる行政機関の方々がいらっしゃいましたら、私たち信州メディビトネットの医療者メンバーとぜひ協同のご検討をお願いいたします。
お気軽にご連絡をお待ちしています。
私たち信州メディビトネットも長野県の医療に関わる者といたしましても、2010年の記録から守られている女性の平均寿命の一位の座を維持できるよう、健康普及活動を進めていきたいと願っています。
(一番にこだわらなくてもよいというご意見や、平均寿命ではなくて健康寿命の方が大切だという議論は、ここでの本旨とはずれますので控えさせていただいています。)
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私たちは医療機関の組織や団体の垣根を越えて連携をしています。
また、長野県の健康普及を前進させるための新しい活動を生み出したいと考えています。
ぜひ、広い視野と将来を見据えるまなざし、そして前向きに行動する意欲をお持ちになっていただき、新しい長野県の健康普及活動にご一緒に取り組んでまいりましょう。
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健康ってなんだろう? 信州メディビトネット健康七箇条 第一条①
健康ってなんだろう? 信州メディビトネット健康七箇条 第一条②